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コラム 〜 ふじみんと学ぶ! お水の基礎知識

2016.02.18
活火山・富士山の誕生から現在までの火山活動の歴史を学ぼう!

富士山の豆知識

日本のシンボルである富士山。2013年6月に世界文化遺産として登録されたこともあり、近年ますます注目を浴びるようになってきているんだ。
富士山は、大きさも美しさも文句なしに誇れる日本を代表する活火山だよね。だけどその富士山がどのように誕生し、どのような歴史を持っているのかということを知っている人は意外と少ないんじゃないかな?
そこで今回は、活火山・富士山の誕生から現在までの火山活動の歴史について紹介するよ。この機会に富士山の歴史を学んで知識を深めよう!

富士山が誕生するまで

活火山・富士山の誕生から現在

富士山は、およそ10万年前に誕生したといわれています。「富士山は3階建て」と表現されることがありますが、3世代の山が同居する形で現在の姿になったことがその由縁です。

まず、およそ10~20万年前に、その3世代の山の1つである小御岳(こみたけ)火山が誕生します。多量の安山岩溶岩や火山灰などを噴出し爆発を繰り返しながら、およそ2400メートルまで大きく成長を遂げました。
10万年ほど前になると、小御岳火山の中腹、南斜面で新しい火山が活動を始めます。これが古富士火山で、富士山の原型であるといわれています。古富士火山は爆発的な噴火を繰り返し、小御岳火山の大部分と愛鷹火山の北半分を埋め尽くして、およそ2700メートルまで成長していきました。
そしておよそ1万1000年前、古富士火山の頂上が噴火し、これをきっかけに噴火のタイプが爆発型から溶岩流出型へと変わります。ここから新富士火山の活動が始まったとされ、度重なる噴火による現在のような美しい円錐形が形成されたといわれています。

このように、小御岳火山、古富士火山、新富士火山という3つの世代を経てできた姿が現在の富士山です。

富士山の歴史的な火山活動

歴史的な火山活動

富士山は活発な噴火を繰り返して現在に至り、「噴火のデパート」とも呼ばれています。歴史に残っているだけでも、10回以上は噴火していることになります。
中でも西暦800~802年の「延歴の噴火」、864~866年の「貞観の噴火」、1707年の「宝永の噴火」は三大噴火と呼ばれるほど大きな噴火で、甚大な被害をもたらしました。

延歴の噴火は延暦19年~21年にかけて幾度も起こった噴火の総称で、最初の噴火は1カ月以上も続きました。その当時は、道路がふさがってしまうほど火山灰が激しく降り注ぎ、昼間でも火山灰によって暗い日々が続いたと伝えられています。

貞観の噴火は平安時代に起きた大噴火で、山頂から10キロメートルほど北西の斜面で起こった割れ目から噴火しました。巨大な火柱が立ちあがり、大量の溶岩が流出し、その噴出量は14億立方メートルにもなるほど途方もないものでした。3回の大地震も伴い、被害は想像を絶するものになったのです。大規模な噴火は1~2カ月ほどで収まりましたが、その後2年ほどは小さな噴火を繰り返したとされています。

宝永の噴火は1707年に起きた噴火で、富士山の噴火では最も新しいものです。宝来の噴火はブリニー式と呼ばれ、噴石や火山灰などが火山ガスとともに柱状に吹き上がるスタイルの噴火です。貞観の噴火のように溶岩の流出を伴わないことが、ブリニー式の大きな特徴となっています。噴火とともに吹き上がった噴石や火山灰は田畑や家屋を埋め尽くし、大きな被害を招きました。噴火後は数年間、人々は田畑の復興や食糧不足に悩まされました。

このように、富士山はさまざまな規模の噴火活動を振り返して現在に至ります。

富士山の今後

富士山の今後

前回の噴火が1707年の宝来の噴火で、それ以来およそ300年以上もの間富士山は噴火していません。噴火はいつ発生するか予測が難しいですが、周囲にある箱根山の噴火警戒レベルが高まっていることも考慮すると、富士山もいつ噴火してもおかしくない状況にあるといえるでしょう。
富士山が宝来噴火と同規模の噴火活動を行った場合は、東京・神奈川・千葉が大きな被害に見舞われると予想されています。それほど富士山の火山活動の規模は大きいのです。

おわりに

現在僕達が何気なく見ている富士山は、3世代の山が火山活動を行いながら長い年月を掛けて形成していった、歴史的なものなんだね。
過去には絶望的な被害をもたらすほどの大規模な噴火を行った富士山が、今後どのように成長していくのか、慎重に見守っていくことも今の世代に必要なことなのかもしれないね。